施設療育と施設病(ホスピタリズム)
施設療育(institutional care and therapeutic treatment)とは、社会福祉施設(医療関連施設)において社会福祉・教育支援・心理的ケアなどのサービスを提供することであり、その対象となるのは乳幼児・児童・高齢者・心身障害者などさまざまである。過去の社会福祉施設では、社会的弱者(生活困窮者)に対する衣食住の提供など基本的な生活支援サービスがメインだったが、1970年代頃から段階的に、社会福祉施設に要請される各分野の専門的サービスのレベルが上がっている。乳幼児の発達相談・育児方法、虐待を受けた児童の保護と親の教育、遺棄された孤児の育児・教育など児童福祉施設に求められる専門的な知識・技術のレベルも高くなっており、認知症や寝たきりの高齢者に対するリハビリ的支援も重要な課題になっている。精神障害者や発達障害者、家庭問題・トラウマを抱えた人には、カウンセラーによるカウンセリング(心理的ケア)や専門的な心理療法・自立支援が必要になることもある。
施設療育とは、福祉施設・養護施設における治療的(ケア的)アプローチと教育支援の統合のことであり、社会福祉サービスの対象者に対して社会福祉士(ソーシャルワーカー)・精神保健福祉士(PSW)・養護教諭・臨床心理士・医師・理学療法士・作業療法士などの専門家が福祉サービスを提供することが多い。社会福祉施設は、家庭のケア・育児や学校の特殊教育(特別支援教育)で不足している部分を補完する役割があり、問題を抱えた生徒児童に対しては家族面接や生活場面観察などが行われる。他者とのコミュニケーションや共感能力に問題を持つ広汎性発達障害(自閉症・アスペルガー症候群)の児童に対する教育訓練プログラムの開発や特殊支援教育の可能性も療育の観点から考えられている。
施設症候群(institutionalism)・施設病(hospitalism)とは、特別な事情で母親から離れて乳児院・孤児院・児童養護施設で育てられた子どもに発症しやすい発育障害・情緒障害・パーソナリティ問題のことである。ルネ・スピッツやジョン・ボウルビーの調査研究によって、児童養護施設の栄養状態や衛生状況とは関係なく、母性的養育の欠如によって施設病(ホスピタリズム)という子どもの発育上・健康上の問題が発生することが明らかとなった。養護施設で育てられた乳幼児は、母親との愛着(アタッチメント)を形成する機会がないことが多く、自己対象(重要な特定の他者)を得られないことで、他者への基本的信頼感を獲得できずに強い孤独感と無力感を感じるようになる。施設症候群(ホスピタリズム)の原因は『母性的養育の欠如』にあり、子どもに不安感・孤独感・無価値感を与えて『生きる意欲・母子関係の安心』を奪ってしまうのである。
施設病(ホスピタリズム)では、乳幼児の死亡率と病気の発症率が高くなり、免疫能・抵抗力の低下によって一度かかった病気の回復が遅れるという特徴がある。施設に預けられた子どもは、自分の泣き声や訴えに迅速に職員(保育士・福祉士)が反応してくれないと、顔の表情や感情表現が乏しくなり元気がなくなっていくが、その状態が長期間にわたって続くと周囲の刺激に対する無関心や物事に対する無気力・無感動といったパーソナリティ特性の偏りが生まれてくる。周囲の養育者の愛情や反応が不足し過ぎると、乳幼児の行動の自発性や他者への共感性が低下してくるという問題があり、施設病を予防するためには乳幼児ひとりひとりに十分な愛情・関心・配慮をして上げることが必要となる。
特に、乳幼児を直接触ったり抱きしめたりするスキンシップと頻繁な声かけ(話しかけ)が重要であり、実母がいなくても母親代わりの保育士(女性)が個別保育で時間をかけて育児に当たれば施設病の問題は最小限に抑えることができる。反対に集団保育でひとりひとりの乳幼児に対して十分な時間と労力をかけられず、ミルクと食事を与えて最低限の世話をするだけというような事務的な対応(温かみのない養育態度)を取ると、ホスピタリズムを発症するリスクが高くなる。