2016年07月15日

[老年期における高齢者の性格傾向の特徴と変化:自己中心性の脱却と後続世代の指導・育成]

老年期における高齢者の性格傾向の特徴と変化:自己中心性の脱却と後続世代の指導・育成

老年期心理学において、老年期の一般的な性格特徴として上げられているものには以下のようなものがある。

1.保守性……新しいものを受け入れにくくなり変化を嫌う。現状維持や昔ながらのものを好む保守的な価値観が強くなる。

2.諦め(諦観)……今更、何を努力しても大きくは改善しないという諦め。もう自分は高齢だからダメだといった諦めの感覚が強くなる。

3.義理堅さ……恩義を受けたらそれを返さなければならない、良くしてもらった人には何かお礼がしたいという義理堅さが強まりやすい。

4.活動性・行動力の減退……何かしたくても活動性が高まらず、実際的な行動を起こしにくくなる。

5.不潔・不精……身の回りにあまりこだわらなくなり風呂・シャワーも好まなくなり、不潔になりがちとなる。身奇麗にしない不精が目立ち、身だしなみや服装を整えるのが億劫になる。

6.興味関心の低下……それまで好きだったものにも興味が起きにくくなる。何事にも新たな関心を抱きにくくなる。

7.不安・不平不満……日常生活や老後の人生に漠然とした不安を抱く。日常生活や対人関係における不平不満が増えやすい。

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[老年期の心身の機能の個人差:高齢者の獲得が期待される『叡智・配慮・受容』]

老年期の心身の機能の個人差:高齢者の獲得が期待される『叡智・配慮・受容』

知的水準にしても興味・意欲・責任にしても、高齢者の能力的な個人差は非常に大きなものになる。同じ高齢者でも早期に認知症のような症状を呈したりすっかり身体的に弱ってしまう人もいれば、80歳、90歳になっても自分の現状で可能な執筆・芸術・言論などの活動を精力的に行い続けるような人もいて、『何歳だからこのような心身の状態になる(老年期だからすべてが衰退して弱っていく)』とは一概に断定できないものなのである。

高齢者の自己の年齢認識(老い否認)とレオポルド・ベラックのSAT(Senior Apperception Technique)

その意味では、老年期はある人にとっては『衰退・下降の絶望的な段階』かもしれないが、ある人にとっては『老熟・完成の意義ある段階』にもなるという希望を孕んでいると言えるだろう。超高齢化社会が進展していく現代において、老年期心理学・生涯発達心理学の目的は、高齢者に固有の人生経験・人間関係の学びの豊かさを活かして『叡智・配慮・受容』へと結び付けていくことであり、『自分に可能な社会的・関係的・情緒的な役割』をできる範囲で果たせるようにしていくことである。

老年期心理学・生涯発達心理学において『老年期固有の高度な発達課題・老年期の生きる意味や目的』が模索されている一方で、老年期精神医学の現実として70〜80代以上のかなりの割合の人に起こってくる『認知症・ロコモティブシンドローム(歩行障害)・寝たきり』が介護も含めた大きな社会問題になってきている。重症の認知症では、興奮・錯乱・幻覚・妄想などの精神症状と関係した暴言・暴力によって家族間での介護が困難あるいは不可能になることも多い。

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[高齢者の自己の年齢認識(老い否認)とレオポルド・ベラックのSAT(Senior Apperception Technique)]

高齢者の自己の年齢認識(老い否認)とレオポルド・ベラックのSAT(Senior Apperception Technique)

アメリカの心理学者・精神医学者のレオポルド・ベラック(L.Bellak)は、近づきすぎると相手を傷つけ遠くなりすぎると寂しいと感じる『ヤマアラシのジレンマ』を提唱した人物として知られている。

L.ベラックとその妻は投影法の心理テストである『TAT(主題統覚検査:Thematic Apperception Test)』を改変した老年認知テストの『SAT(Senior Apperception Technique)』を1973年に作成している。このベラック夫妻が作ったSATは、被検者が自分の老いをどのように認知してどのような態度・行動を取っているのかを調査するものである。

高齢者の愛・欲望への執着とジークムント・フロイトの『リア王』の精神分析:2

人間は一般的に自分の老いに対しては『抵抗・否認』の自我防衛機制の反応を返しやすいものであるが、自分が老いを認めたくない高齢者であっても、『自分以外の高齢者(老人)』に対しては『客観的な年齢・老いの認知』ができたりもする。他人をあのおじいさん(おばあさん)だとかあの年寄りだとか平気で言っている高齢者が、いざ自分自身のことを『おじいさん・おばあさん・年寄り』だと言われるとどうしても抵抗感や反発心が起こりやすいところはあるのである。

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[高齢者の愛・欲望への執着とジークムント・フロイトの『リア王』の精神分析:2]

高齢者の愛・欲望への執着とジークムント・フロイトの『リア王』の精神分析:2

S.フロイトは老年期の発達課題として『老いと死の受容』『愛と生と欲望の断念』を掲げ、その二つの発達課題の挫折(老年期にあってなお女性からの愛情に執着して絶望するしかない者)としてリア王の物語を取り上げている。

老年期心理学とジークムント・フロイトの『リア王』の精神分析:1

コーデリアの死を受け容れられないことは、自分自身の死を受け容れられないことでもある。信じていた愛想の良い二人の娘に裏切られたリア王は狂気に冒されたが、その時にも『コーデリアと二人だけで籠の中の小鳥になって祈り歌いたい・牢屋の中でもいいから二人で長生きしたい』という老醜と執念に塗れた夢想をしていたのである。

リア王の前に獄中の死体となって現れたコーデリアは『不可避の死・運命としての死』であり、『愛を断念して死を受け容れよ(人はすべて必ず老いて死ぬ)』という人類共通の運命を伝えるメッセージとしての役割を果たしている。老いてなお生の欲望や異性の愛に執着してすがりついていけば、必然的に『老醜・未練がましい姿』を晒すしかないということになる。

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[老年期心理学とジークムント・フロイトの『リア王』の精神分析:1]

老年期心理学とジークムント・フロイトの『リア王』の精神分析:1

『老年期』は生涯発達心理学の発達段階における最終ステージであり、その発達課題は『人生全体の統合』とされるが、その統合・受容に失敗すると老年期は『絶望・無力感』に覆われてしまう。老年期は自分自身の人格を円熟させて人生の統合と受容を成し遂げるべき発達段階であり、『死』を遠からず現実に到来するものとして見据えながら、『叡智』の獲得を目指すものとされている。

しかし、生身の人間が生きる実際の老年期では『人生の統合・死の受容・叡智の獲得』といった理想的な老年期の発達課題の達成や心的状態の実現はかなり難しいものでもある。そのため、少なからぬ老齢期の高齢者は自分自身の身体・精神の衰え(心身の病気)に苦しみ嘆いたり、現実の人生のあゆみや孤独を感じる境遇に納得できずに『絶望感・無力感』に苛まれたりもする。

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2016年06月25日

[老年期精神医学と老年期における統合・英知の可能性3:心身医学的な治療アプローチと敬老精神]

老年期精神医学と老年期における統合・英知の可能性3:心身医学的な治療アプローチと敬老精神

エリク・エリクソンのライフサイクル論の発達段階の捉え方では、老年期の統合の発達課題は『過去の乳児期から壮年期に至るまでの発達課題・他者や社会との関わり合い』を上手く順番に達成して適切に克服できたかどうかに大きく左右されると考えられている。

しかし、過去の発達段階における発達課題で躓いて挫折・失敗・喪失の苦悩を味わわせられていたとしても、老年期になってからの『自分の人生・関係・思想・関係性における認知と行動のポジティブな転換』によって、『今・ここ』から自分の人生をできるだけ受け止めて肯定することは可能なはずであり、それが柔軟性と成熟性を持つ人間の精神の希望につながっているのではないかと思う。

老年期精神医学とエリクソンのライフサイクル理論における統合と絶望:2

老年期精神医学を前提として老年期の心身の疾患の特徴を考えると『免疫力・対応力の低下』によって、ストレス耐性も低下しやすくなり心身のバランスを崩してさまざまな病気(精神疾患も含む)を発症しやすくなってしまう。老化の意味づけは肯定的に転換させることが可能であるが、生物学的・生理的な健康の側面ではどうしても『脆弱性・病気のかかりやすさ』を高めやすくなってしまうのである。

老化の度合いや現れ方は個人差が大きいため、老年期の精神疾患・身体疾患の特徴として『個別性・非定型性(人それぞれの症状の出現をして老化の度合いもばらつきが大きい)』を上げることができ、老年期だからといって一律的・同時的に全ての人の身体・精神の機能が大きく下がっていくというわけではないのである。

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[老年期精神医学とエリクソンのライフサイクル理論における統合と絶望2:老年期に希望はあるか]

老年期精神医学とエリクソンのライフサイクル理論における統合と絶望2:老年期に希望はあるか

老年期精神医学では『医療者側の人生の先達(高齢者)に対する敬意・関心』を基本的な態度として尊重しながら、『統合』という老年期の発達課題の達成と自分の人生の肯定的な受容を促進していくという目標がある。

老年期精神医学と老化による心身の衰え・喪失:1

心身・生理のさまざまな領域で老化は進行し、身体・精神の疾患を誘発する原因になったり症状を悪化させたり、がん細胞化のリスクを高めたりするが、『身体・生理の機能低下』は不可避でも『精神状態・存在価値の成熟と上昇』は可能であり、老年期精神医学は人間の精神の柔軟さと成長の可能性に『老後の英知・希望』を見出すのである。

社会的精神発達論におけるライフサイクル理論(精神発達の8段階)を考案した精神分析家のエリク・エリクソンは、老年期の発達課題を『統合VS絶望の図式』で捉えて老年期で獲得すべき精神機能を『英知』とした。

老年期は、家庭で子供(孫)が自立したり自らの家族を作るようになったりして『子育て・親としての役割』が終わり、職業面でも退職したり嘱託・アルバイトの雇用形態に変わったりで『社会的・職業的な役割』の縮小が起こりやすく、高齢になった友人知人の間でも少しずつ亡くなる人が現れてくる。老年期が『喪失の時期』と呼ばれる所以でもあるが、そういった社会・仕事と家庭・人間関係の両面において『大きな方向転換・役割の変化』を迫られる中で、さまざまな喪失の悲しみや寂しさ、絶望に適応していかなければならない。

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[老年期精神医学と老化による心身の衰え・喪失1:脳の器質的変化]

老年期精神医学と老化による心身の衰え・喪失1:脳の器質的変化

老年期精神医学は、『老年期』の発達段階にある高齢者の『心理状態・発達課題・精神病理』を対象にした理論研究や臨床実践(精神医療)を行っている。現在は高齢の人の人格・尊厳・自意識などに配慮してかつてのように『老人』という言葉はあまり用いられなくなってきており、一般にマスメディアを中心として『高齢者』という言葉が用いられている。

現代における老年期の定義は概ね『65歳以上』とされているが、平均寿命の上昇や健康年齢の延長によって『老年期・高齢者の定義』は今後も引き上げられる可能性があり、現在でも現代において老人と呼ぶべき年齢は『後期高齢者の75歳以上』であるといった意見もある。

一方で、動物(生命)に必然的な『老化』を隠蔽するかのようなこの言葉の変化が、『人間の老い・衰退・死の現実(不可避な老衰と死)』を見えなくして『若さへの執着』を生んでいるという批判もある。老年期や老人という概念には確かに明るくてポジティブなイメージが乏しく、『老化による心身の衰え・死の接近(人生の最終期)』をどうしても自覚させられるような圧迫感や暗さがある。

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2016年06月07日

[バブーフ,サン=シモン,プルードンの思想哲学:ユートピア思想と共産主義]

バブーフ,サン=シモン,プルードンの思想哲学:ユートピア思想と共産主義

ユートピア思想の歴史では、16世紀のトマス・モアやカンパネラを経由して、18世紀の『最後の恋』のレチフ・ド・ラブルトンヌ、共産主義思想(私有財産廃止と完全平等の理想)の先駆けとなる『バブーフの陰謀』フランソワ・ノエル・バブーフ(Francois Noel Babeuf,1760-1797)へと接続していった。

トマス・モア『ユートピア』による理想的・宗教的な世界観:近代ユートピア思想の原点

バブーフの後には、土地・生産手段を公有化するアソシアシオン(協同体)建設の『空想的社会主義』で知られるフランソワ・マリー・シャルル・フーリエ(Francois Marie Charles Fourier、1772-1837)が出た。フーリエは『社会的・動物的・有機的・物質的な四運動の理論』を前提にして、社会運動において物理世界におけるニュートンの万有引力の法則に相当するという『情念引力の理論』を提唱したが、これらは科学的根拠や検証方法がないという意味でも空想的社会主義に該当する概念であった。

アンリ・ド・サン=シモン(Claude Henri de Rouvroy,Comte de Saint-Simon,1760-1825)も空想的社会主義の思想家に分類されているが、社会の重要な任務は富の生産活動の促進にあるとして、資本家・労働者の産業階級を貴族・僧侶より重視する産業資本主義のリアリズムの視点を導入するなど先見の明のある思想家でもあった。

産業資本主義の発展を見据えて『テクノクラート(技術官僚)の予言者』と呼ばれたサン=シモンは『50人の物理学者・科学者・技師・勤労者・船主・商人・職工の不慮の死は取り返しがつかないが、50人の王子・廷臣・大臣・高位の僧侶の空位は容易に満たすことができる』という貴族・僧侶を侮辱する発言をして、1819年に告訴されたりもしている。

ユートピア思想の系譜には、カール・マルクスの論敵であり、『無政府主義の父』と呼ばれたピエール・ジョセフ・プルードン(Pierre Joseph Proudhon,1809-1865)も名を連ねている。プルードンの代表作には『所有とは何か(1840年)』『人類における秩序の創造(1843年)』『貧困の哲学――経済的諸矛盾の体系(1846年)』の三部作がある。

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[トマス・モア『ユートピア』による理想的・宗教的な世界観:近代ユートピア思想の原点]

トマス・モア『ユートピア』による理想的・宗教的な世界観:近代ユートピア思想の原点

人類の政治・経済と戦争・革命の歴史は、『ユートピア』を求めるダイナミックな物語であり果敢な挑戦でもあった。思想家・哲学者の歴史の一部も『ユートピア思想』の系譜と重なっているわけだが、人類は古代ギリシアのソクラテスやプラトンも含めて、二千年以上の長きにわたって今の現実世界にはない理想のユートピアを追い求めてきたのである。

今の現実世界や日々の生活の中にはない『理想的な世界・生活・政治経済などの仕組み』を想像力を駆使して構想・計画していくのがユートピア思想の仕事である。ユートピア思想を歴史的かつ体系的に研究した書物として知られるものとして、ドイツのマルクス主義の哲学者エルンスト・ブロッホ(Ernst Bloch、1885-1977)『ユートピアの精神』『希望の原理 全三巻』がある。

ユダヤ人で米国に亡命したE.ブロッホは、当時の先進的な民主主義国家であったはずのワイマール共和国が、なぜナチスやヒトラーを生み出したのかというナチズム形成に関する批判的な研究も行っている。

ユートピア思想の本格的な歴史の黎明は『ルネサンス期〜近代初期』であり、イングランドの思想家・神学者トマス・モア(Thomas More,1478-1535)『ユートピア(1516年)』がその先駆けとなった。“ユートピア(Utopia)”という言葉は『どこにも無い』という意味であり、日本語では『理想郷・桃源郷』と翻訳されることが多い。明治期の日本では、ここにはない世界といった意味でユートピアを『無何有郷(むかうのさと)』などと訳したりもした。

トマス・モアは『離婚問題・英国国教会問題』で対立したヘンリー8世にロンドン塔に幽閉されて1535年7月6日に処刑されたことから、キリスト教カトリックの殉教者としても知られている。ヘンリー8世はイスパニア王女カザリンと結婚していたが、カザリンの侍女アン・ブーリンに惚れて離婚した。トマス・モアは原則として離婚を認めないローマ・カトリックの立場に立って、ヘンリー8世のアン・ブーリンとの無節操な再婚に反対して結婚式に出席しなかった。

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